衝撃の告発 (美しき誤訳の実態)


 川西聖書教会遠景 


誤訳その 二 聖書書名の誤訳


新約聖書と旧約聖書の書名の誤訳(邪訳!!)


ウエストミンスター信仰告白 第7章5、6要約

.旧約..と新約と呼ばれる。だから本質上異なった二つの恵みの契約があるのではなくて、

違った時代のもとに同一の物があるのである。

(ガラテヤ3・14、16、使徒15・11、ローマ3・21〜23、詩篇32・1、ローマ4・3、6、、16、17、23、24、ヘブル13・8)


上記は最も正確かつ優れていると言われるウエストミンスター信仰告白の重要な一文です。

ここには新約聖書と旧約聖書が基本的に同一の契約であることが明記されています。

ではなぜ、聖書の書名はあたかも古い物と新しいものが在るかの様な

旧約、新約という書名になっているのでしょうか。



新約と旧約は同質の契約

私達が手にしている新約聖書と呼ばれるキリストの使徒たちの記した書物と、モーセや預言者達が記した

旧約聖書と呼ばれる書物が全く同質の契約であることは上記信仰告白で自明です。

しかし、この事実を果たしてどれほどのキリスト者が正しくそして、明確に認識しているでしょうか。

残念な事に、この聖書の教えとキリスト教神学の基本中の基本に関して、多くのキリスト者、特に

指導的立場にある神学者や、キリスト教会の指導者、聖職者、牧師、信徒でありながら

この基本点に対する認識を逸脱している人びとが多く存在する事は否定出来ない現実です。


その原因を求めると旧約聖書と新約聖書という書名の誤訳に行き当 る様に思われます。

以下に、新約聖書と旧約聖書という書名がいかにふさわしく無い翻訳で在るかを見ます。


新約聖書

問題となるのは ギリシャ語でκαινην と言う言葉です。これは新約聖書のギリシャ語の新約聖書の書名に使われている単語です。καινη + διαθηκη(有効な契約)と言う意味です。英訳は、ご存じ New Testament となっています。実はこれが英訳聖書最大の誤訳(邪訳!)だと常々思っています。ギリシャ語のκαινη は New と訳出するべきではありません。New はギリシャ語の νεοs の訳語です。字から見れば自明かと想います。
νεοs は「時間的に新しい」ですがもう一つの、καινη (原型 καινοs)にはその概念はありません。καινοsは「本質的な有効さ」 を表している言葉なのです。そのことから New Testament も実に美しい誤訳(邪訳!)なのです。
 ですから、ギリシャ語の「καινη διαθηκη(有効な契約)」の意味することは基本的に「新しい教え」と言う意味は無いのです。
 新約聖書を読んでいて気がつくのは、キリストの「愛の教え」は旧約聖書の戒めの本質的な教えと完全に同一だという事です。キリストは幾度もその主張をされました。(ヨハネ15章10節など参照)その「旧約聖書の教えの本質とその有効さを身をもって明示されたキリストの教え」が私たちが手にしている新約聖書が同一で在るのは必然です。
  キリストが問題にされたのは旧約聖書ではなく、それを曲解釈している人間でした(参照、マルコ7章9節「自分達の言い伝えを守る為に、よくも神の戒めをないがしろにしたものです。」)
  この大切な基本を、どう間違えたのか、英訳聖書は「旧約はもう古い。新約聖書が在るのだから旧約は廃棄された!」と言う先入観を与える「新約聖書」という誤訳をしてしまったのです。そして、その間違った先入観が英訳聖書とその伝統を受けた日本語訳聖書に連綿と受け継がれているのは非常に残念です。


旧約聖書

旧約聖書という書名は聖書のどこにも登場しません。しかし、その根拠を強いて言えば第二コリント3章14節に記された τηs παλαιασ(以前から ある) διαθηκηs (契約=通し置く) という旧約聖書(当時は正式には律法、預言者、諸書という呼称を用いた)言葉でしょう。しかし、この言葉もよく注意して見なければ成りません。ここに使われている παλαιασ(以前から ある) と言う言葉には廃れたと言うような意味は全くありません。それにあたる単語としては(αρχαιοs 古びた) という言葉が別にあるからです。

ですから、この τηs παλαιασ(以前からある) διαθηκηs (契約) は現在(新約聖書が記されている時=紀元45年頃から90年頃にかけて)も有効な契約である事が事実として認められている事を明確に現している言葉づかいなのです。これをどう 曲解しても 「奮い契約」などと訳出する事は出来ません。

そればかりではありません。 これ以外の 新約聖書中で旧約聖書(煩雑さを避ける為に敢えてこの言葉を使います。)は単に γραφη(書物)と言 う言葉によって示されています。この言葉が新約聖書では、今日で言われる旧約聖書を指しているのです。

この書物と言う旧約聖書を現す言葉には、そこには明確に「現在も有効な権威の在る書物」として 用いられているのです。新約聖書が旧約聖書の権威を停止しておらず、明確にその有効性が認められているのですから、これを古い廃れた聖書を想起させる「旧約聖書」という名称によって呼称するのはとんでもない大きな間違いなのです。したがってこの新約聖書が明らかに権威在る書物としている旧約聖書をあたかも時代後れの廃棄された書物で在るかのような認識を表す新約、旧約と言う翻訳は、全く内実を現していない上に、とんでもない誤解を与えやすいと言う点で、まさしく誤訳(邪訳!)と言わざるを得ません。


結  論

その意味で新約聖書も旧約聖書も全く内実を現していない

とんでもない誤訳(邪訳!)と言う事が出来るでしょう。

そして、誤解や従来と書名の混乱を避け同時に正しい理解を得る為に、

聖書の新しい書名として以下の提言をさせて頂きます。

旧約聖書に対しては 天地創造の神様がモーセや預言者たちを通して啓示された

永久契約 聖書 と言う意味で 久約聖書  

新訳聖書に対しては 受肉された神であるキリストが弟子たちに啓示された

真の契約 聖書 と言う意味で 真約聖書 


以下は参考関連聖句


マタイ5章21節 昔の人に 

マルコ1章27節 権威在る新しい教えだ 

Tコリント11章25節 血による新しい契約 
Uコリント 3章6節 新しい契約 

ルカ22章 20節 私の血による新しい契約 

Tヨハネ2章 7節 8節 新しい戒めでは無く

参考 (マタイ21・42、マカ4・20、24・47、ヨハネ5・39、 19・24、使徒8・32、17・2、18・28、使徒8・32、17・2、11、18、ローマ1・2、T4コリント15・3、4・ がら4・30、Uテモテ3・16等々のギリシャ語原典の主張 )


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2005年09月29日